『 雪祭にて ― (5) ― 』
ビュウ −−−−−−−− ・・・・
吹き荒れる雪の中 その巨大な城壁は凛然とそこに あった。
まるで何世紀もの間 この地に根をおろしているかのように・・・
ソレ は 完全にその風景に溶け込み 風景そのものとなり
降り注ぐ雪を 傲然とその身に受けていた。
聞こえるのは 吹雪の音ばかり ― ソレは沈黙の塊だった。
「 ・・・ うっそだろ ・・・・ 」
「 いや。 現実だ。 」
サイボーグ達は 聳えたつ城壁の前でただただ 佇んでいた。
「 みろ。 動く・・・ 」
「 うん 」
彼らは ほんのわずかな振動を感知し始めた。
ガッタン。 ゴ ゴ ゴ ゴ 〜〜〜
彼らの目の前の部分の壁が 次第にゆっくりと動き出した。
「 ! 気をつけろ 」
「 あ。 ここだ! そうだ ここだよ〜〜〜〜
アルベルト、 ここだ! 」
「 おい なにが ここ なんだ?? 論理的に話せ! 」
「 ごめ・・・ でもさ ここなんだ〜〜
あの時もこうやって ・・・ あ!! 開く ・・・ ! 」
「 うむ ・・・ 」
ズ ズ ズ −−− 石壁の一部が < 開いた >
「 ! 」
サイボーグ達は 咄嗟に左右に別れ隠れ構えた。
「 旅の御方? どうぞ警戒なさらず ― お入りください。 」
落ち着いた声が聞こえ 執事を思われる老人が進みでてきた。
「 お待ち申し上げていました。 ムッシュウ ・・・ 」
「 ! 」
ジョーが さささ っと壁の陰から駆けだした。
「 ! おい ジョー ! 」
「 探してました ずっと! 覚えていてくれますか!?
ぼく です。
」
彼は 大きな声で喋りつつ老人の前に立った。
「 はい 覚えております。 ジョーさま でしたね 」
「 そうです! あの! か 彼女は 」
「 すぐに中にご案内します。 主人にそう言いつかっております。 」
「 え! そうなんですか!? あ あの 」
ジョーは 壁の方を振り返った。
「 ― ああ お連れの方がいらっしゃるようですね。
」
「 そうです。 ぼくの身内です、どうか一緒に 」
「 勿論です どうぞ そちらのムッシュウもお入りください。 」
執事氏は アルベルトの方にも視線を投げかけた。
「 ― 失礼しても構いませんか 」
アルベルトは ゆっくりと進みでてきた。
「 どうぞ。 お二人とも雪を払ってお入りください。
ああ ・・・ 外套はお取りになった方が ― 」
「 はい。 アルベルト〜〜 コートやスノー・シューはいらないよ。
この中は 春 なんだ 」
「 うむ 」
二人が払い落した雪の山は たちまち溶けて水となり
付近の緑の大地に 吸いこまれてゆくのだった。
「 ・・・ こんなもんかな〜 」
「 うむ ・・・ 確かにここは 春 だな 」
「 ね? 」
「 ― ここは ここでは メカ部分は効かない か 」
「 そうなんだ。 あ ・・・大丈夫? 」
「 ああ なんとか生命維持装置は正常に機能している。
しかし ― 」
カチ カチ。 カチッ
アルベルトの右手は 革手袋の中で不毛な音をたてるだけだ。
「 ― 起動しない? 」
「 ああ。 俺は今 < 生きている > だけだ 」
「 ぼくもさ。 加速装置は全く機能しないよ
この前も 試してみたけど ダメだった 」
「 うむ ・・・ 」
コツ コツ コツ
乾いた靴音が聞こえてきた。
「 ― ようこそ わがアッシャアの城へ 」
サイボーグ達の前に アッシャア伯爵が笑みを湛えて立っていた。
「 ちょうどよい時期に 戻っていらっしゃった 」
伯爵は 二人を歓待し朗らかな様子で城の中に招じいれた。
客間と思われる奥のホールまで 自ら二人を案内してくれた。
そこは先日の部屋よりも広く 全体の設えや家具調度も豪奢だ。
単なる応接間 というより来賓室といった趣である。
「 さあさあ おかけください 」
「 ・・・ あ ども。
お〜 すげ 」
「 ふん 」
猫足のソファは革張りで豪勢な毛皮が敷き詰められている。
高い天井と壁には シャンデリアが輝き 部屋全体を明るく輝かせる。
クリスタルの輝き ・・・ だけではない。
アルベルトはすぐに気付いた。
「 ・・・ この灯りは なんだ 」
「 あ? うん ロウソクじゃないし・・・ でも 電気でもないよね 」
「 ああ。 それに 本当にこの城全体が暖かいんだな 」
「 そうなんだ。 外はさ あんなに激しい雪嵐だったのに
なんか ・・・ マジックみたいだよね 」
「 ふん ・・・ そもそもの熱源はなんなんだ 」
「 地熱とか言ってたよ あの伯爵はね 」
「 ほう 」
出来れば脳波通信でやりとりしたい会話なのだが なぜか < 不通 >。
不躾だが 二人はぼそぼそ・・・囁きあった。
「 どうぞ寛いでください。 冬の魔物の爪痕は溶けましたか 」
伯爵は 二人の会話を聞こえぬ振り、というか 聞き流し、
穏やかな表情でゆったりと、しかし十分に彼らをもてなす。
「 ありがとうございます。 」
「 なんとか ・・・ ここは本当に暖かいですね 」
二人に笑顔を向けてくれているが やはり城主・・・ 尋ねるべき点は
しっかりと指摘してきた。
「 ぶしつけですが こちらは マドモアゼルの? 」
アルベルトに視線を向ける。
「 えっとぉ〜〜 あのう 身内で〜〜〜 」
「 アルベルトといいます。 フランソワーズと このジョーの
兄代わりです 」
彼は すっと前にでると軽く会釈をした。
「 おお そうですか。 失礼ですがご出身は 」
「 独逸です。 演奏家・・・ ピアニストを生業としています 」
「 素晴らしい! ああ それで マドモアゼルもピアノが
ご堪能なのですね 」
「 アレはただの趣味ですがね 」
「 いやいや 素晴らしいです。 私共の娘はもうぞっこんです。
ムッシュウ・ジョー。 お帰りなさい と申しあげましょうかね 」
伯爵は ジョーにも笑顔を向ける。
「 あ はい! やっと戻れました。 」
「 お待ちしていましたよ。 ちょうどよい時期ですし 」
「 え あの ちょうどよい時期って? 」
「 ああ 明日 雪祭り なのです。
この城では 私達は勿論領民たちにも中庭まで開放しまして
一日 楽しみます。 」
「 冬のカーニバル ですね 」
「 そうです。 お二人もお楽しみください。 」
「 ありがとうございます。 あのぉ〜〜〜 」
ジョーは もじもじして腰を浮かせている。
「 ああ これは失礼。 はい 貴方の許婚者のマドモアゼルを
お呼びしましょう。 」
「 え ・・・ あの ・・・? 」
「 ふふふ 妙齢のマドモアゼルですから
支度には時間がかかりますよ 」
「 あ は はい・・・ 」
チリン チリン 涼やかな音がドアの方から聞こえてきた。
「 あなた? マドモアゼルをご案内しますわ 」
「 おお セーラ。 ありがとう。 」
伯爵が合図をすると 彫刻のある扉が大きく開いた。
「 ようこそ アッシャアの城へ。 」
優美に銀色の髪を結いあげた夫人が 笑顔と共に入ってきた。
そして ―
「 さあ マドモアゼル? 」
「 ・・・ はい 」
小さな声と共に 彼女の後ろから水色のドレス姿が現れた。
「 ・・・ !!! フ フラン ・・・! 」
「 ほう・・・ 」
金の髪には青く輝く石を飾り 空の色のドレスを纏って ・・・
フランソワーズが入ってきて 優雅にお辞儀をした。
「 ようこそ ・・・ 」
「 うわああ〜〜〜〜 フラン フラン フラン〜〜〜〜 」
「 あ あの ・・・ あ? 」
ジョーは彼の一番大切なヒトに 抱き付こうとした が。
そこは やはり日本人、咄嗟に思い直し彼女の手を取った。
「 フラン〜〜〜〜〜 ああ 無事だったんだ〜〜〜
よかったあ〜〜〜 よかった・・・ 」
そう・・・っと握った彼女の手を ジョーはまるで壊れ物もたいに
両手でしっかりと包みこんだ。
「 フラン ・・・ ごめんね 迎えにくるのが遅くなって・・・
ああ でも 元気で・・・ よかった〜〜 」
「 ・・・・ 」
そんな彼をフランソワーズは 大きく目を見開きまじまじと見つめていたが
― だんだんと表情が変わってきた。
「 ・・・ ジョー ・・・? ジョー なの ね ? 」
蒼い瞳が 彼を覗きこむ。
「 ! うん !!! そうだよ ジョーだよぉ〜〜 」
「 ジョー ・・・ あ。 どうして ・・ ここに 」
彼女の視線がしっかりとジョーを捕える。
「 ああ ああ フラン〜〜〜 」
「 ・・・ ジョー・・・ そうだわ 雪の中で ・・・
すごい雪だったわ 息もできないくらいの吹雪 ・・・
わたし どんどんチカラが抜けてしまって ・・・ 」
「 そうだよね すごい吹雪だったんだ。
それで この城に助けを求めたんだよ 」
「 ・・・ そうだったの ・・・
ああ ジョー 大丈夫だったのね?? 無事だったのね? 」
「 うん うん ・・・ ああ フラン・・・ 」
「 よかった ・・・ あなたが無事で。 」
「 うん うん ・・・ うん 」
ジョーは 彼女のしなやかな指を撫で 左手の指輪も撫でる。
「 あ ねえ これ・・・ ちゃんと一緒よ?
この ジョーからもらった指輪が一緒だったから ・・・
そうだわ この指輪が護ってくれていたのかもしれないわ 」
「 フラン〜〜〜 思い出したんだね?? よかった ・・・ 」
「 おいおい 感激のご対面 はもういいかい 」
アルベルトが ちょいと苦笑しつつ声をかけた。
「 うん うん ・・・! 」
「 ・・・ アルベルト? わあ〜 案外早く来られたのね
待っていたのよぉ 」
フランソワーズは 笑顔で銀髪の仲間を振り返る。
「 は!? おいおい〜〜〜〜 」
「 え なあに。 なにか あったの・・・? 」
「 う〜〜〜 あのね フラン〜〜〜 」
ジョーが 慌ててハナシに割り込んだ。
「 きみとスキーに出て 吹雪に遭っただろう? それで 」
「 ええ それは覚えているけど ・・・ お城に助けを求めて・・・
あら? わたし どうしてこんな恰好? 」
「 あのね 助けてもらって きみはダメージが
大きかったみたいでさ。 ここに避難させてもらっていたんだ。 」
「 ・・・ そう なの ・・・
それでわたし・・・ この館でお世話になっていたのね 」
「 そうなんだ。 ああ 思い出してくれた?
あの ・・・ ほら いろいろ。 そのう〜〜 ぼく達のこと。 」
「 ジョー。 一時に言っても混乱するだけじゃないのか 」
「 あ ・・・う うん ・・・ でも ・・・ 」
「 ジョー。 アルベルト。 わたし 大丈夫よ。 」
彼女の瞳には しっかりとした意志の光が輝き始めた。
「 大丈夫。 ええ ちゃんと思い出したわ。
でも ― 見ることも 聞くことも ・・・ < 普通 > なだけだわ 」
かなり用心深い言い方だ。
「 やはり な。 ここには 俺たちの能力を封じるなにかがある。
なにが目的なのか 」
「 特に攻撃的なことは ないけど ・・・ 」
「 ジョー。 お前はいつも甘い。 」
「 そうかな ・・・ 」
「 まだ ― わからないわ。 でも用心は必要ね 」
「 ふん。 フランの方がわかっているじゃないか 」
「 だってね アルベルト! ぼくらはこの城に助けてもらったんだ 」
「 だとしても 」
「 そうかもしれないけど。 ぼくはね 」
「 だからお前は 甘いというのだ 」
「 甘くてもいいと思う こういう場合は! 」
珍しく ジョーが引っ込まない。
アルベルトは からかい半分なのだが ジョーにはよくわからない らしい。
「 まあまあ・・・ 無粋な話はあとになさったら如何です?
それよりも 今宵は雪祭り前夜祭 というところで
皆で楽しみましょう。 どうぞ この城に一晩滞在してください 」
伯爵が穏やかに二人の間に入った。
「 え! そ そんなご迷惑は〜〜 」
「 いえ そのつもりでお迎えしました。
皆さんは今年の雪祭りの 来賓ですね 」
「 ふ ん・・ 外からのメンバーが必要 ですか 」
アルベルトが ぼそり、と口をはさむ。
「 そうですねえ 御客様は多いほど楽しいではありませんか 」
伯爵はにこやかな態度を崩さない。
「 いろいろご感想もお持ちでしょう。
けれど今宵は 私共 そして 領民たちと祭を楽しんで
頂けませんか 」
「 そうですね! ねえ アルベルト、喜んで参加するよね?
ぼく達を吹雪の中から助けてくれたんだ。
そして フランがこんなに元気になってるんだよ〜〜
御礼しなくちゃ 」
「 ふん ま それはそうだな。
では 今宵は喜んでお招きに応じましょう。 」
アルベルトは 少々慇懃な態度で会釈をした。
「 おお ありがとうございます。
ひとつ お願いが ・・・
貴方はピアニストさん とおっしゃいましたね ムッシュウ? 」
「 ええ 」
「 なにか 所望してもよろしいですかな 」
伯爵は 部屋の反対側にあるピアノを指した。
「 喜んで。 ― おう これは ・・・ 芸術品ですな 」
アルベルトは その少し小ぶりなピアノに近よると
ゆっくりと蓋をあけた。
「 ・・・ほう キイは全て象牙 か ・・・ 」
ぽ〜〜ん ・・・ ツェー の音もまろやかだ。
「 ふうん ・・・ こんなタッチもいいものだ。
では おだやかでやさしい調べを 」
♪♪ ♪♪♪〜〜〜〜 懐かしいワルツが響きだした。
「 おう いいですなあ ・・・ うん うん 」
「 あなた? 踊って頂けます? 」
伯爵夫人は 夫君の前でかるく会釈をする。
「 ああ 勿論。 こちらから誘おうと思っていたよ。
では ・・・ 奥様 御手をどうぞ 」
「 ウィ ムッシュウ 」
♪♪♪ ♪♪♪ 〜〜〜〜〜〜
少し曇った音が それでも滑らかに流れる中
伯爵夫妻は 軽々と そして 優雅に 踊り始めた。
「 まあ ・・・ 素晴らしいわ・・・
お二人ともとてもお上手! 」
「 お父様 お母様〜〜〜 すてき〜〜〜 」
エミリエンヌも顔を輝かせ 父母の姿をうっとりと眺めている。
「 ・・・ すげ ・・・
フラン〜〜 あのヒト達の靴って すべるの? 」
「 ??? どういうこと 」
「 だって ・・・ ほら〜〜 二人ともするするする〜〜〜〜って
床を移動して くるくる〜〜 回って・・・
あ きみたちみたくポアント 履いてるのかなあ 」
ジョーは ぽかん・・・とした表情である。
「 あらあ ちがうのよ ジョー。 お二人は普通の靴よ
ほら 奥様はカカトの高い靴だったわ。 」
「 え〜〜〜 だって ・・・ すべってるよ?? 」
「 そういう風にステップを踏んでいるの。
このお二人はとてもお上手ね、そして ぴったり息が合っているわ 」
「 へえ・・・ これも ダンス? 」
「 あのね これが社交ダンス。 そしてお二人はワルツを踊っているの 」
「 へえ〜〜〜 」
「 ・・・ ジョー 見たこと ない? 」
「 ぼく ・・・ ダンスって きみに教わったバレエと
あと ヒップホップとかちらっと見たことあるだけでさ 」
「 まあ そうなの? じゃあ ― 覚えましょ?
教えるわよ〜〜 」
「 え〜〜〜〜〜 むりむり〜〜〜 」
「 あのね お兄さま? 」
しばらく皆の後ろで黙っていた少女が 乗り出してきた。
「 こんにちは。 エミリエンヌ・アッシャア です。
ねえ お兄さま。 ダンスならアタシが教えてさしあげるわ? 」
「 え ・・・ きみが? 」
「 ええ。 わたし フランソワーズお姉さまから教わったの。
さあ 私の手をとってくださいません? 」
「 え え〜〜〜 あの ・・・ ホント ぼくまったく
踊ったことなくて ・・・ 」
ジョーはもうおろおろしている。
この可愛らしい少女の願い叶えたいけど
それは 全く < むり〜〜 > で。
「 おい フランソワーズ。 ちょっと代わって弾いてくれ 」
アルベルトがピアノの前から彼女を呼んだ。
「 はい? ええ いいわ。 ワルツでいいのね? 」
「 うむ。 ごく普通の ああ ウィンナ・ワルツ 辺りで・・・ 」
「 そうね〜〜 あ レッスンで聞く曲にするわ。
アルベルトは? 」
「 俺は ― あのちっこいマドモアゼルの相手をしてくる 」
「 まあ うふふ お願いね〜〜 」
♪♪♪ 〜〜〜 ♪♪ ♪〜〜
ピアノの曲想が少し ・・・ 変わった。
「 マドモアゼル ? 踊って頂けますか 」
アルベルトは きっちりと会釈をすると丁寧に手を差し出した。
エミリエンヌは 一瞬目を見張ったが 手を叩いて喜んだ。
「 え?? わあ〜〜 きゃ♪ すてきィ〜〜
あ はい ムッシュウ 喜んで ! 」
「 では お手をどうぞ 」
「 うぃ むっしゅう〜〜 」
身長差はあるが 巧みなリードと幼いながらしっかりしたステップで
このカップルは くるくると広間で踊りはじめた。
「 ・・・ ほう? エミリもなかなか 腕を上げたか? 」
「 ふふふ あなた。 リードのムッシュウがお上手だから ですわ
でも あのコ・・・うっとりしてますわね 」
「 ああ ・・・ 目がハート だ 」
「 頬染めて ・・・・ ああ 可愛いらしい 」
伯爵夫妻は 余裕たっぷり、踊りつつ会話を交わしていた。
「 ・・・ みんな すっご〜〜〜〜 」
ジョーは ピアノの側でひたすら観客にまわり そして
ひたすら 感心している。
「 ふふふ ・・・ ちょっと古い時代のね お付き合いって
こんな感じだったのよ。 そうねえ わたしやアルベルトの
親の世代かしらね 」
「 へ え〜〜〜 ぼくにはまるで別世界 ・・・ 」
「 わたしだってね 本で読んだり親から聞いたりしたことだわ。
古い映画とかでも見たことはあるけど 」
「 ふうん ・・・ でも さ なんか ・・・ 楽しそうだね 」
「 でしょ? ね ジョー。
いつか一緒に踊りたいわ わたし ― あなたと 」
「 え うううう ・・・ ど 努力します 〜〜
ぼくだと 運動会のフォーク・ダンスになりそう・・・ 」
ジョーは ひとり冷や汗を流していた。
・・・ 頑張れ 日本男児!
**************
チリン ・・・ 微かにグラスが鳴った。
すこしばかり飴色をした液体が グラスに満たされてゆく。
「 独逸の御方 いかがです、 ウチの農場のワインは 」
「 ・・・ ん〜〜 これは いい味だ ・・・
年代ものですな 」
「 ははは もっと古いものもありますよ 」
「 これは十分 円やかで深い味です、 香もいい 」
「 お目が高い。 マドモアゼル? 」
「 美味しい(^^♪ わたし 白が好きなので ・・
これ とても好きですわ 」
「 ムッシュウ・ジョー ? チーズをもっとどうぞ 」
「 あ わあ〜〜 いろいろな種類がありますねえ〜〜 」
晩餐を終え おしゃまな令嬢は寝室に引き取った。
明日もいらしてね! と 念をおしつつ・・・
席を広間に戻し大人だけで ワインやブランデーを傾け
話に花が咲く。 かなり和やかな雰囲気が空間を満たしてゆく。
「 この席で伺うのは 気が引けますが 」
伯爵は ブランデー・グラスを傾けつつ ― すこし姿勢を変えた。
「 ― このこと ですね 」
アルベルトは 革手袋を少しだけずらせた。
穏やかな社交の席には 全く不似合いなマシンガンの手が
ちらり、と顔を覗かせる。
「 ・・・・! 」
伯爵夫人が 息を呑む。
「 俺たちは ― 身体の中に自然とは異なる部分を抱えこんでいます。
それが ― この城の中では 機能しない。
なぜなのか 伺ってもいいですか 」
「 ― あなた達は 」
伯爵は 言葉を切って夫人とともに彼らをまっすぐに見つめた。
「 失礼、 その ・・・ ヒト ではないのですか 」
「 いいえ。 しかし まあ完全なヒトとは少し 離れてしまっています。
我々の意志に反して ですがね 」
「 おう ・・・ それは失礼なことを伺ってしまった 」
「 いえ 事実ですから。
皆さんは ここに ずっと・・・? 」
「 私はこの城の当主です そう ずっと。
先代の当主たちは 自然に還ってゆきました。
そして 妻や娘は 私が望んでここに迎えました。
そうやって この広大な城で人々は生きてきました。
これまでも そして これからも 」
「 根本の論理がよくわからんのですよ 我々には。
そもそも この城はどのようにして 春 を続けているのですか 」
「 この城の構造について ですか。
これは ― 専門家に任せた方がよいでしょう。
― 地下にご案内します。
ああ ・・・ ドクトルに連絡を 」
伯爵が す・・・っと片手を上げると ドアの付近に立っていた召使いが
静かに広間から出ていった。
「 ご婦人方は こちらでお待ちいただけますか 」
「 いえ。 わたしも行きます。 わたし 知りたいです。 」
「 では どうぞ。 」
「 あなた、勿論わたくしもお供しますわ。
マドモアゼル? ケープを掛けていらした方がいいわ 」
「 はい 」
女性たちは 毛皮表のケープを纏い広間を出た。
長い長い階段を降りた。 さすがに空気がし・・・・んと冷えてきた。
ゴウン ゴウン ゴウン −−−−
ずっと ・・・ 城壁を超えてからずっと耳の底で微かに聞こえていた音が
次第にはっきりとしてきた。
ガタン −−−−− ・・・・
重い音と共に 扉が開いた。
「 ようこそ。 お客人たち 」
ほの暗い部屋の中に 老人が立っていた。
「 皆さん。 この城を 我々を護るドクトルです。 」
伯爵は 老人に丁寧に会釈をしてから 全員を案内した。
「 ここが この城の中心部分です 」
その部屋の奥は 床が無く ― より深い地中へと落ち込んでいるのだ。
「 ・・・ う わ ・・・ 」
「 熱源 ・・・か ? 」
コツ コツ コツ。 老人がゆっくり進み出てきた。
「 この先に 永遠の火 がある。
この火が この城の全てを支えているのだ 」
「 ・・・ ふうん ・・・ これは原子力? 」
「 その言葉をワシは知らん。 そして この火がなんなのか も
知らないのだ。 ただ この火を我らはずっと守ってきた。 」
「 ずっと・・・ですか 」
「 そう・・・ 気の遠くなるほど昔から な 」
「 じゃ 皆 ここにずっといるのですか? 」
「 そうだ。 そして・・・
ここに来たい と望むものを 連れてきた。
ここのモノが 来てほしいと望むものを呼び寄せた
それが 雪祭り の行事なのだ 」
「 雪祭り ・・・ か。 」
「 お前たち ― 望むか? ここに来て我らの仲間に
加わりたい と望むのなら 連れてゆく。 」
老人は 相変わらず眼光鋭いが声音は穏やかだ。
脅したり強制したりする気配は微塵もない。
淡々と事実を告げているだけなのだ。
「 望むものだけを 連れてゆくのですか 」
「 そうだ。 我々が望み こちらに来たい と望むものだけが
ここに 加わることができる。
そして この火のチカラを得て薔薇の精気を吸い 生きてゆく 」
「 ・・・それが ここの人々・・・? 」
「 そうです。 そのような人々が このアッシャアの城で
領地で 暮らしてゆくのです。 」
「 ・・・・ 」
サイボーグ達は皆 身動ぎもせず聞きいっている。
「 大地の瞳を持つ者よ。 それを望むか
白銀の髪を持つ者よ それを望むか
黄金の髪の乙女よ それを望むか 」
「 ぼく は ・・・ 」
最初に口を開いたジョーは 一瞬言葉を途切らせた。
その間に アルベルトが静かに応答した。
「 俺は。 行かない。
俺には この外の地で そして その地に続く空で 俺を待っていて
くれるヒトがいる。 」
「 そうか 」
「 俺が覚えていなければ 俺が思っていなければ
・・・・彼女の存在は 本当に消えてしまう
だから 俺は < いつもの世界 > に 帰る 」
「 わかった。 」
「 ぼくは。 消えてもいいニンゲン だったけど。
今は ― 彼女と共に生きてゆきたいんだ。
だから。 行かない いや 行けません 」
「 そうか 」
「 わたしは ― わたしの意志でジョーと そして
仲間たちと生きてゆきたいのです。 どんなに辛くても。
ですから ごめんなさい。 帰ります 」
フランソワーズは 静かに、しかし きっぱりと言った。
「 わかった。 客人たちよ。
よいか ― 消えてよいニンゲンなど いない。 」
老人は きっぱりと言い切る。
「 そうですわ。 わたくしは このヒトの、夫の元に行きたい、といつも
願っていました。 ですから ここに来ました。 」
伯爵夫人は愛の眼差しを夫君に向ける。
「 私はずっと彼女をみつめ愛していましたよ。
そして こちらに来てほしい、と頼みました。 」
伯爵も夫人の手を握った。
「 エミリエンヌも。 わたくしは 彼女を娘にしたかったのです。 」
「 エミリも 両親を求めていました 」
「 ぼくは ・・・ 誰にも必要とはされていない存在だったけど 」
「 おい ジョー。 なにを言っているんだ? 」
「 そうよ ジョー。 あなたが 009が 来てくれたから
わたし達 脱出して自由になれたのよ?
皆が あなたを待っていたの。 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 そしてね 今は わたしが。 ジョーが大切なの。
ジョーに いて欲しいの。 他の誰でもなく、ジョー あなたに ね 」
「 ・・・ フラン フラン ・・・ 」
「 わかった。 客人たち ― 雪祭りの夜を楽しんだら
戻るがいい ・・・ 自分たちの世界へ な 」
「 ドクトルの仰る通りに ・・・
皆さん ・・・ いつかある日 ・・・
アッシャアの城に来たい と望んだら ― どうぞ お待ちしていますよ 」
ゴウ −−−−−−−−− ・・・・
不思議な炎は 静かにしかし強く燃え上がり続けるのだった。
********************
シュ −−−−−−−−−−−
巨大な城壁は あっと言う間に灰色の空間に 溶け込み消えてしまった。
サイボーグたちは ただじっと見つめていた。
「 いつかまた 会える かもしれないね 」
「 ・・・ その時は ・・・ 一緒に 行く? 」
さあ ・・・ わからないけど ・・・・
あの城で 暮らすのも悪くないよね
そうね ― あなたと一緒なら。
うん。 きみと一緒なら。
ゴウ −−−− 再び 吹雪が荒れ狂い始めた ・・・
****************************** Fin. ****************************
Last updated : 08.31.2021.
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********** ひと言 ********
このお城はねえ 古代に不時着した 宇宙船 だった・・・
って すると いかにも御大の作風? かも・・・・
謎は謎で 終わらせたいです〜〜〜〜
優しくしっとり・・・古い物語が好きですので・・・・